こんにちわ!ハイリー(@yoshinagan77)です。
年末、どうしても自分を振り返りがち。
連続で書いている自伝的な記事をお読みください。
大学卒業後、カナダへ行き、バンクーバーで行き詰って、一度、アメリカ西海岸を周遊します。
HSPxHSSと私④ ~カナダ留学編②とアメリカ周遊編~
アメリカ西海岸へ
コンチキツアーってご存知ですか?
旧宗主国イギリスの国々の人が旧宗主国イギリスをバス旅するツアーのこと。
私はこのツアーを一時的にビクトリアに戻った時に訪れた日本人経営の旅行会社で聞きました。
1週間くらいでアメリカ西海岸を周遊するというツアー。
コースは
だったかなぁ。
40人位の英語圏の人と3人の日本人で周遊しました。
バスの中では隣に座った人の自己紹介をみんなの前で英語でさせられというようなゲームもあったりととにかく、日本にないノリでワイワイやります。
基本HSPなので「嫌だなぁ」と思いながらもやらないと浮くので頑張ってやりました。
ちょっとジョークも入れるとウケたのが快感だったのも覚えてます。
そこはHSSの特長がでてるんですね、きっと。
まずはロサンゼルスへ
初日の集合はLAの指定されたあるホテル。
「とにかくそこに行け」と。
ビビりながらバンクーバー空港からLA空港へ夜着き。
そこからタクシーでそのホテルまで。
正直、ビビりました。殺されるんじゃないかと思って(笑)
まぁ、ブログ書いてるんで無事、到着し、受付を済ませて、部屋に行くとオーストラリア出身の若者がギター抱えてなんかしてました。
「欧米か!?!」
このツアーの間、ずっとこの「欧米か!」と相部屋でした。
気のいい奴だったので、とにかく、つたない英語でコミュニケーションは取れました。
翌朝、集合し、席に座りますがこれまた相部屋の奴ではなく、NZ出身の方。
転職先のイギリスへ行く途中にこのツアーに参加したと。
それを根掘り葉掘り聞いてはみんなの前で紹介するのですからなかなかハードでした。
サンディエゴ
初日の行き先はサンディエゴへ。
水族館でシャチショーを見たこととデカいレストランでデカい肉を食べた思い出はあります。
それ以外はあんまり覚えていない…
楽しんでるというと英語との向き合い、修行みたいなもの。
今考えればそんなに英語も好きでなかったんだなぁ…(苦笑)
ラスベガス
3日目はラスベガスへ
映画に出てくるような砂漠地帯をひたすら地平線へ向かって移動していきます。
いやー、ザ・アメリカ! USAです。
ラスベガスではショー、スロット、ハードロックカフェ、アトラクションをひたすら楽しみ、仲良くなった日本人女性と近くのレストランで夜な夜な話こんだりもしました。
真面目な自動車メーカー世界大手に勤務する方でその後、数日仲良くさせてもらいました。
それとなぜかレストランの黒人オーナーからコーヒーをごちそうされました。
なぜか指さされながら笑顔だったのを覚えてます「ナンパ頑張れよ!」ってことだったのかなぁ。
私はHSPで真面目で優良な人なのでよこしまな考えはなかったですけどね。
今思えばいろいろしとけばと思いますけど…
とにかく、ラスベガスは眠らない街。
タダでもそこそこ楽しめるアトラクションは多かったですね!
グランドキャニオン
5日目はグランドキャニオン
ここの谷の深さと星のきれいさ、それと肉とワインのうまさは忘れられません。
200万年前からこの形を表しているらしく、現在も浸食は続いているといいます。
ここではオーストラリア在住香港人若手女医軍団とカードゲームとおしゃべりをしました。
1人タイプの女性はいたのですが年上だったのと英語がうまく話せないことで気が引けましたが気の利く素敵な女性陣だったことを覚えています。
何かを勝ち取った人は人に寛容なんだとつくづく感じました。
そして、ステーキ&ワインは大手電機メーカー勤務のサラリーマンで長期休暇を取って来られてた日本人男性と社会のことを語りながら食べたのを覚えてます。
いろいろと人生相談させてもらったなぁ。
とにかく、余裕がなかった自分、何をしたかったんだろう。
悩む割に現状維持・延長だったような気がしてならないです。
やっぱり、基本「HSP」だから勝手に将来に不安・心配の妄想をしていたんでしょうね。
そういう意味では早めに「うつ」になるくらいまで何かに没頭していれば、もっと違った運命に出会えていたでしょうけど、そこは「HSP」、ギリギリのラインで一線を越えることは防いだのでしょう。
再び、ロサンゼルス
6日目 LA着
出発したホテルで記念撮影して解散。
若手女医軍団とハグし、日本人の方々とは連絡先交換して別れました。
そのあと、1人でハリウッドへ向かうのです。
ハリウッドへ
ここはただ、チャイニーズシアターとユニバーサルスタジオにいくこと。
お金に制限があるので、ユースホステルへ。
ドミトリーで1泊3000円位だったかな。
3泊はしてます。
初日は周辺を散策、吉野家を見つけて「BEEF BOWL」を見て興奮。
2日目は宿で知り合ったブラジル人とユニバーサルスタジオへ。
適当な英語でなんとなく仲良く過ごして、夜はバーでダーツして遊びます。
そこで声を掛けられた黒人に10ドル貸したら返ってこなかった。(当然です。)
帰り道にナイフをなめてる人をみてビビりながら競歩で宿に戻ったのを覚えています。
ちなみに街では壁に所々、穴が空いておりバスを見かけ、よく見ると弾痕でした。
時々、打ち合いっこしてるみたいです(恐)
3日目はUCLAの願書を取りに行くというブラジル人に同行。
ついでに僕ももらいました。
ブラジル人の彼女が受けるらしいです。
出会うブラジル人の優秀さに驚きました。
(カナダ最初のホームステイ先でも同類のブラジル人に遭遇)
4日目にはサンフランシスコへバス移動。
サンフランシスコへ
サンフランシスコはついでにいったようなものです。
・チャイナタウンで中華を食べたかっただけかな?
ついでに行って、いろいろ見てやろうと思っただけですね。
ちなみに1人でゲイの集まる街に行ったらエロい目で下から上まで見られたのを覚えてます。
そんな人たちが集まる書店で男のエロ本を立ち読みしてたらとんでもない視線を集めました(笑)
アジア人は若くみられるし、華奢だからいい感じに映ったのかもしれませんね。
ネギカモくんだったかもしれませんは私はストレートです(笑)
なかなか日本では経験できないことを経験させてもらいました。
そんな経験もしてからどうやってバンクーバーに帰ったか覚えてませんが、とにかく、バンクーバーに戻って、残りの1か月Advanceで勉強しました。
その記憶はないのでかなり嫌だったみたいです。
そして、無事、学校を卒業。
受けたTOEICも600後半だったような。
そりゃ、アドバンスでは通用しないレベルです。
ニューヨークへ
その後、バンクーバーでうろうろします。
ちょっとした事件もあって、現地の友人に金を貸して返してもらえなかったので、英会話のチューターやいろんな人を巻き込んで家まで突入して金を返してもらい、利子に濃いめのエスプレッソをごちそうしてもらったとか…
頼みごとを断れない「HSP」の特性はこんなところにも出ていたのですね。
やることもないし、冬場は週4日は雨なのでイライラするので、アメリカ東海岸へ行くことに。
バンクーバー→空路トロント→陸路NYで計画していきました。
トロントは特に行きたいわけでもなく、カナダ国内線が安かったことと途中、ナイアガラの滝を見ようというのが理由です。
トロントではやることないのでボーっとして宿の宿泊客に話しかけたりしてました。
コーヒーを飲みながら話してるとフロリダでレストラン経営しているギリシャ系カナダ人がビザの更新で一時帰国してるという人に遭遇。
翌日、暇なのでギリシャ人街のレストランに行くというと連れて行ってくれるというので、一緒に行くことに。
食事しながら経営しているレストランの話をいっぱいしてくれます。
そして、なぜかごちそうにもなりました。
脂っこい料理と濃いめで砂糖たっぷりのコーヒーの味は今でも覚えています。
それで帰り際にいうのです。
私 「…?」
社長「日本人客が多くて対応に困っているので、若くて英語が話せる日本人が欲しい」
私 「もう少しで日本に帰るのでありがたいですが断ります」
社長「もう1日考えてくれ!」
私 「はぁ~」翌日偶然また朝あった時にもまた言われました。
社長「俺のレストランで働かないか?ビザもとる」
私 「ごめんなさい。」
それでも諦めきれないのか連絡先をくれたのも覚えています。
今覚えば行けば何か変わっていたかもしれない。
でも、ここはHSPの特徴が出たのです。ビビりの…
で、寒い中、予約もなしにナイアガラの滝へ向かいます。
ナイアガラの滝は寒くて凍ってました。
それをただ、ボーっと眺めてるだけ。
10分くらいで終わりました。
寒いし、誰もいないしお店もやっていなかったような…
特に感動もなく、NYへ。
ここは華やかでしたねぇ。
Hello Big Apple!
ニューヨークのことを「Big Apple」ともいいます。
Big Appleについて
そして、トロントから陸路NYへ向かいます。
バスで1夜あければ、そこは世界の首都「Newyork」
なにもかもデカい、人もビルも通りも車もデカい!!!!!!
バスターミナルからとりあえず、宿探し。
ハーレムにあるユースホステルが安いそうなのでそこへ向かいます。
予約もしてないし、電話する勇気もなかったのでとりあえず直行。
地下鉄に乗り込みのもドキドキ…
殺される?少なくても何か盗まれる?無傷ですむ?
といろいろとよぎりましたが無事着きました(笑)
ちょっとどんよりした感じはありましたが直感で安全そうだとわかりました。
その辺、HSPの直観力は確かです。
とりあえず、1週間予約。
部屋で荷物を置いてとりあえずラウンジでボーっとします。
いろんな肌の人が行きかうラウンジに人種のるつぼを体感し、しばらく感動したままでボーっとしてます。
冬のNYは寒いんです。
とにかく、外に出る理由もないし、ボーっとします。
お金もないのでお腹がすいたら散策がてらスーパーや1ドルショップに行って、安いパン、チーズ、ヨーグルト、リンゴ、カップラーメンを買って保管しておきます。
アメリカテイストのカップヌードルは毎日食べてました(笑)
一応、キッチンもあったたまに肉焼いたり。
ニューヨークに来た目的は?
2、世界の首都を体感したい。
3、ミュージカルや劇場に行きたい。
でした!
1、メトロポリタンに行きたい
何回もいきました。
無料の日があるのでサンドイッチをもって朝から夜まで見学し、とにかく広く、いろんな芸術品が展示しているのでまったく飽きません。
その大きさには圧倒されます。
貧乏社会人崩れだったので活用できるものはすべて活用しましたよ。
2、世界の首都を体感したい。
地下鉄も1WEEK PASSを買って、とにかく、いけるところは全部いきました。
・当時あったワールドトレードセンター
・セントラルパーク
・セントラルステーション
・MOMA
・ハーレム
・SOHO
・チャイナタウン
・リトルイタリー などなど
3、ミュージカルや劇場に行きたい。
ブルールーム(ニコールキッドマン主演)を観たり、ブルーマンショーをオフブロードウェイみたりしました。
日本人とも何人かとつるんで酒飲んだり、ご飯食べたりしました。
その中で今でもお付き合いある方はいらっしゃいます。
それとニューヨークで知り合いの友達にも会うという奇跡もありましたね。
なんだかんだで2か月ほどニューヨークで遊びました。
で、バンクーバーに帰還し、日本へ帰国しました。
結局、あまり変化がなかったような。 ただ、人生やったもの勝ち!
カナダ、アメリカで約1年過ごしましたが、正直、気質は変わりません。
いろんな経験をすれば、人間変われると思っていましたけど、「ただ、経験した!」っていうだけだったように思えます。
いかんせん、自分の「HSP」という気質を分からずにただ、ひたすら経験しただけなのですから。
原因がわからないと対処もできず、その原因から回避することに当時は注力していたので、大きな変化が得られるわけはないと今では思うのです。
ただ、当時は若さと周囲の人が経験しなかったということだけで優位性を保とうとしてましたし、実際、それだけで優位性も保てたわけです。
幼稚と言えば幼稚ですが、それは今思えること。
あと10年遅く生まれてればもっと違ったこともできただろうにとたらればを考えたりもしますが、人生無駄がないので思い立ったが吉日。
ツイッター界隈でも「うだうだいう前にやれ!」っていう方が多いようにやったもん勝ちです。
このブログを書くだけでも自分の過去と今の知識が統合されて、これからの自分への生きる示唆や子供たちへの助言について考えることもできます。
ホンマに人生に無駄はないように思うので、やりたいことはやればいいと思います。
ヒロシの本にも同じようなことが書いてあったように思います。
今の時代、やったもの勝ち、突き詰めたもの勝ちです。
と自分にも訴えかけてみよう(笑)
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